猫も生きる
そんな気はしていたけれど、今年もしっかり終わりに近づいてるでないですか。
やだなー、やだなー、この「やだなー」にもすっかり慣れたなー。
去年の暮れは何書いたかな、と見てみたら
『〜悔いが残るのは全ては時間と気持ちに余裕がなかったためでしょう。
来年は少し余裕が出来るハズなので、頑張りまーす!』
だと。今年も全然余裕なかったじゃん、死ぬまで言い続けるのかしら。
最近、「あの小さな出来事は実は人生の縮図だった」なんて気がする事が多々あります。
テスト勉強を一夜漬けで失敗、とか、痩せたら着ようと買った服を永遠に着ない、とか
この先にもっといい店があるかもと次々と見送って腹ペコで疲れ果てて最初の店に戻る、とか。
あれもこれも生き方の忠告であった気がする、まもなく四十も半ば(-.-)
今年がアっという間だったように、人生もアっという間なんでしょう、きっと。
なんて思うのも、今年はかつてないほどの喪中ハガキが方々から届きまして。
親も高齢だし、そんなこんなを人と話していて「慌てて買いに行って大変だった事が。
縁起でもないと思わずに喪服は余裕がある時に揃えておいた方が」とのアドバイスをうけ
フォーマルウェア売り場に。ちょうどお得な割引券も頂いて、これぞ不幸中の幸い(←意味違う)
酒焼けした声のベテランアドバイザーに、いいの選んでいただきました。
けど、考えてみたらほんの僅かな人間だけがこの生きてるグループにいて、死んだ人の方が多数派。
この貴重なマイノリティーに属している今、毎日をしっかり刻みつけねば、
・・・それにはやっぱりカレンダー!
と、かなり強引な運び。
42×24cm デカくてごめんなさい。
詳しくは
こちらへ
まだ数冊あります。ウマのオマケもつきまーす!
こうやって、無理やりこじつけたり、オチつけたり・・・も、
きっと我が人生の縮図。